スポッターズ的ひこうき写真館                                            蒸気機関車


機関車 C57 7

会津児童公園
和歌山県 田辺市 湊 1629-6
北緯33度44分05秒 東経135度22分39秒
2015年

蒸気機関車が和歌山県下で初めて走ったのは、明治31年4月のことであった。(紀和鉄道 大和二見-橋本)

紀勢線では、明治45年12月に蒸気機関車が初めて走った。(新宮鉄道 新宮-勝浦)

国有鉄道としては、大正13年2月に開通した和歌山-箕島を起点にした私鉄を合併しつつ線路は南へ延びて昭和34年7月15日に全線開通し、現在の紀勢本線に発展した。(和歌山-亀山)

蒸気機関車は陸の孤島といわれた紀伊半島の美しい海岸を、客車や貨物列車を引っ張り、山やトンネルの多い海岸に沿って傾斜のきつい線路を、白い蒸気、黒い煙を吐き、壮快な汽笛を鳴らしながら頑張った。

全盛時代の昭和30年、田辺機関区では28両の機関車が雄姿を誇り県民の足となり大活躍した。

しかしながら、交通機関の近代化と共に昭和30年をピークに、一台また一台と消え、昭和40年には17両、昭和47年には6両となった。

最後の1両も昭和48年8月3日に第一線を退き、ついに紀勢本線から蒸気機関車は姿を消した。

昭和48年9月9日紀勢本線最後の蒸気機関車としてC57が「臨時急行SL南紀号」のヘッドマークをつけ田辺-和歌山を「さよなら」の汽笛を鳴らしながら走った。

その「臨時急行SL南紀号」が、この場所に展示されている車両である。


主要諸元
長さ 20.28m
2.78m
高さ 3.945m
馬力 1290HP
最高速度 時速100km


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